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札幌地方裁判所 昭和45年(タ)17号 判決 1971年2月19日

原告 町田多加子(仮名)

被告 野辺山金蔵(仮名)

主文

被告は原告に対し一〇〇万円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因として

1  原告と被告は、昭和四二年二月ころ結婚し、昭和四三年七月一二日婚姻の届出をした。

2  被告は、当時○○運輸株式会社のトラック運転手として働いていたが、原告も結婚後は他に勤め、被告が一日も早く独立して運送業を営むことができるよう共に努力した。そうして、昭和四三年三月、被告は二人の努力によつてたくわえた三〇万円で中古貨物自動車を購入し、以後これを使用して稼働するようになり、間もなく、その仕事も軌道にのり始めたので、原告は同年七月ころから家事に専念することになり、同年一〇月一二日には長男幸一を出産した。

3  ところが、そのころから、被告は、ささいなことにも原告に対し暴力を振うようになり、そのうち、原告の両親に対してまで暴力を振うまでになつた。しかも、被告は、昭和四四年七月中旬ころ、突然、他に好きな女性ができたのでこれと一諸になると言い残して家出し、その女性と同棲するに至つた。

原告は、当時妊娠七ヵ月の身重であつたが、右のような被告のしうちにあい、心身の疲労が重なつて、同年一〇月ついに死産してしまつた。

4  ここにおいて、原告は、被告との離婚を決意し、被告に対し、離婚および慰藉料の支払を求める本件訴訟を提起するとともに財産分与の申立をしたが、その後昭和四五年一〇月一五日、被告との間に協議上の離婚が成立し、原告を長男幸一の親権者と定め、同日その旨の届出ができたので、離婚を求める訴は取り下げた。

5  しかし、原告は、前記のように、被告の有責不法な行為によつて離婚を決意せざるをえなくなつたのであつて、被告が原告に与えた精神的苦痛に対する慰藉料としては五〇万円が相当である。

また、被告は、現在もトラック運送業を営んでおり、その月収は約二〇万円を下らず、さらに、原告との婚姻生活中にできた預・貯金約一四〇万円を掌握している。したがつて、被告の原告に対する財産分与としては五〇万円が相当である。

よつて、原告は被告に対し、右慰藉料と財産分与合計一〇〇万円の支払を求める。

と述べ、立証として甲第一号証を提出し、原告本人尋問の結果を援用した。

被告は本件口頭弁論期日に出頭しない。

理由

その方式および趣旨によつて真正に成立した公文書と推定される甲第一号証(戸籍謄本)、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、つぎの事実を認めることができる。

1  原告は、昭和二〇年三月二八日父町田晃、母同ソメの長女として生まれ、昭和四〇年三月○○学園専門学校○○科を卒業した。

被告は、昭和一八年四月一〇日父亡野辺山久米蔵、母同サダエの八男として生まれた。その学歴についてはつまびらかでない。

2  原告は、両親から世間では被告の人がらを良くいう人がいないといつて反対されたのをおしきつて、昭和四二年二月被告と結婚し、札幌で共ばたらきの家庭をもつた。右のような原・被告の結婚は、一年後の昭和四三年二月ようやく原告の両親の承認するところとなり、二人は結婚式を挙げ、同年七月一二日婚姻の届出をした。しかし、被告は、原告の両親から結婚を反対されたことをいつまでも根にもつていた。

3  昭和四三年三月、原・被告の共ばたらきによつてたくわえられた約三〇万円で被告はトラックを買い、これを使用して稼働するようになつたので、それによる一ヵ月の収入は二〇万円を下らないものとなつた。また、原告は、妊娠したので同年六月で勤務をやめ、以後家事、育児に専念することになつた。同年一〇月一二日二人の間に長男幸一が生まれた。

4  被告は、日ごろささいなことでも原告に対し暴力を振つていたが、長男幸一が生まれた後は、なぜかその傾向が一層ひどくなり、ビールのコップをぶつけて原告の頭をきつたり(昭和四三年一一月)、たばこの火を原告のはだにおしつけたり、なぐつたり、けつたりしておきながら、ふたことめには、「別れる、慰藉料・養育費はいくらほしい」などといつて、なぜそのように原告に対しひどい乱暴をするのか、話し合う態度さえみせなかつた。そうして、いく度か原告の両親や親せきの者が原・被告の仲を心配してとりはからい、その時は被告も謝るので、その都度原告は、被告との婚姻生活の維持に努力したが、右のような被告のいわれのない暴力は、すこしもあらたまるところがなかつた。

5  そうするうち、被告は、昭和四四年七月ころ突然、他に好きな女ができたので原告とは別れるといつて、原告と長男幸一とを残して家を出、二、三日後、被告の兄が原告のもとから被告の荷物全部を搬出して行つた。当時原告は妊娠七ヵ月であつた。ところが、同年一〇月ころになつて、被告は、再び原告と一緒になるといい出し、原告に謝つてみたり、また原告の両親に対し、原告を出せといつて、たちばさみをつきつけたり、椅子をふりあげるなどの暴力を振い、あるいは脅迫めいた電話をかけたりした。しかし、原告は、前示のようなそれまでの被告の行状によつて、被告との婚姻生活を継続する気持を失つていた。原告は、同年一〇月心身の疲労が重なつてついに死産した。

6  かくして、原告は、被告との離婚を決意し、昭和四五年五月、被告に対し、離婚および慰藉料、財産分与の支払を求める本件訴訟を提起したところ、被告は、同年一〇月一五日、その前年七月に原告が署名捺印して被告に渡してあつた離婚届用紙を使用したものか、長男幸一の親権者を原告と定めた旨の協議離婚届をした。そこで、原告は、これに対してはことさらの異存もないとして、その後、離婚の訴はこれを取り下げた。

7  被告は、現在もトラックによつて稼働しており、その月収は二〇万円を下らないし、また、原告との婚姻生活中にたくわえられた預金約一〇〇万円を掌握している。原告は、長男幸一とともに両親の家で生活し、あみものを習つて今後の生計に役立てたいと考えている。

以上のように認められ、これをくつがえすに足りる証拠はない。

右事実によれば、原・被告間の婚姻関係が破綻するに至つた唯一の原因が被告の有責不法な行為にもとづくものであることが明らかであるから、被告は、原告に対し相当額の財産を分与するほかに、離婚によつて原告の被つた精神的苦痛に対し慰藉料を支払う義務があるといわなければならない。

そうして、すでにみたような原・被告の婚姻中および今後の生活、収入等一切の事情をしんしやくするときは、その分与すべき財産の額は五〇万円が相当であり、また、慰藉料の額も五〇万円を下るものではないと認めるのが相当である。そうすると、被告は、原告に対し財産分与として五〇万円および慰藉料としてすくなくとも五〇万円を支払う義務があるから、原告の請求はいずれも理由がある。(本件のように、離婚訴訟の係属中に、当事者間で協議離婚が成立し離婚の訴が取り下げられた場合であつても、その離婚の訴の提起にともなつて申し立てられた財産分与請求については、それが人事訴訟手続法一五条の規定によつて一旦適法に係属するに至つたものである以上、これに対する地方裁判所の審判権が当然に喪われるものと解するのは相当でない。けだし、右のように、離婚訴訟の係属中に、離婚の点についてのみ協議上の離婚を成立させた当事者の意思は、財産分与の請求についてはなお係属中の裁判所の審判を求める趣旨であることが明らかであつて、このような場合に、裁判所が残された財産分与請求について審理判決をすることはその職責上当然のことというべきであり、また、そうすることが、本来非訟事項であつて訴訟事項ではない財産分与の請求を、希望する当事者の便宜を図りかつ国の後見的責務も果たし易い等の理由によつて離婚訴訟に併合審判を許した前記人事訴訟手続法一五条の法意にもかなうものと解されるからである。)

そこで、原告の慰藉料請求を正当として認容し、かつ、被告の原告に対する財産分与を五〇万円と定め、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 羽石大 裁判官 福島重雄 石川善則)

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